令和8年度 地域医療連携講演会の講演資料を掲載いたしました
2026年7月9日開催「令和8年度 地域医療連携講演会」における、講演資料を掲載いたします。
本ページには、一部手術中の写真や医療画像を掲載しています。医療画像に抵抗のある方は、ご覧いただく際にご注意ください。
「当院における胃癌・食道癌治療の現状と地域への役割」 外科 清水 芳政医師

2026年7月9日に開催した水戸赤十字病院主催の地域医療連携講演会の内容を、一般の方や患者さまにもわかりやすくご覧いただけるよう説明を加えてご紹介します。
ぜひ最後までご覧ください。
水戸赤十字病院 上部消化管外科部長 清水芳政

今回の講演では、当院における胃がん・食道がん治療の現状と、ロボット支援手術導入から積み重ねてきた経験から地域医療における役割についてご紹介します。
まずは、胃がん手術の歴史と進歩、そして当院外科のロボット支援手術の実績についてご説明します。

胃がん手術の歴史は約150年に及びます。1881年(明治14年)、ドイツのテオドール・ビルロート先生によって、世界で初めて胃がんに対する胃切除術が行われました。その後、拡大手術の時代を経て、内視鏡手術(腹腔鏡手術)の時代へと移り変わっていきました。1991年(平成3年)には、北野正剛先生らによって世界初の腹腔鏡下幽門側胃切除が行われました。腹腔鏡手術は傷が小さく、患者さまの身体への負担を軽減する低侵襲手術として日本でも急速に普及しましたが、開腹手術と異なり、平面的な画像で操作を行うことや、手術中に直接触れる感覚が得られにくいことなどから、高度な技術を要する手術でもありました。こうした課題を補うために登場したのが手術支援ロボットです。2009年(平成21年)には、宇山一朗先生らによって日本初のロボット支援胃がん手術が実施されました。当院では宇山先生のご指導のもと、2016年(平成28年)3月6日に茨城県で初となるロボット支援胃がん手術を実施しました。さらに2018年には保険診療の対象となり、現在では国内外でさまざまな手術支援ロボットが開発され、胃がん治療をはじめ多くの分野で活用されています。

当院では、内視鏡手術支援ロボット「ダヴィンチ サージカルシステムXi(インテュイティブサージカル社製)」を導入しています。
ダヴィンチで使用する器具には、電気メスやハサミを含め、ほぼすべての鉗子に関節機能が備わっています。これにより、柔軟な動きが可能となり、狭い場所でも精密な操作を行うことができます。
また、術者が操作するサージョンコンソールは左右それぞれ独立したレンズを備えており、体内を立体的で奥行きのある三次元画像として確認できます。そのため、お腹の中の細かな構造をより正確に把握しながら手術を進めることができます。
さらに、ダヴィンチには拡大視効果があります。通常の腹腔鏡手術では3~5倍程度の拡大ですが、ダヴィンチでは10~15倍まで拡大することが可能です。例えば1mmほどの組織が約1.5cmの大きさに見えるため、より安全で精密な手術につながります。
加えて、ダヴィンチには術者の手のわずかな震えを補正する機能があります。どれほど訓練を積んだ外科医でも、長時間の手術ではわずかな手の震えが生じることがありますが、コンピューターがその動きを補正することで、より安定した操作が可能になります。
一方で、ダヴィンチにも課題があります。機器が高価であることに加え、触覚がないこと、ロボットアーム同士が干渉する可能性があることなど、ロボット特有の注意点があります。
また、セッティングや不慣れな手術操作に時間を要し、従来の腹腔鏡手術より手術時間が長くなる場合もあります。そのため、ロボット支援手術を行う外科医は、ロボットの特徴や課題を十分に理解し、入念なトレーニングを行った上で導入していく必要があると考えています。

胃がんに対するロボット支援手術は、その有用性と安全性を検証するため、2015年に多施設共同臨床試験が開始されました。本試験では、ロボット支援手術が出血や縫合不全、膵液漏といった術後早期の合併症を減少させることが示され、その結果、2018年に保険診療の対象となりました。
ロボット支援胃がん手術は、小さな傷による身体への負担の軽減と合併症の減少の両立が期待できる治療法です。当院では、患者さまにとって真の意味での低侵襲手術の実現につながる治療法であると考えています。

スライドは、当院外科でのロボット手術の年別推移を示したものです。2016年に茨城県初となるロボット支援胃がん手術を導入し、2018年には胃がんに対するロボット支援手術が保険診療の対象となりました。その後、消化器外科領域において適応疾患が拡大し、さまざまな疾患に対してロボット支援手術が行われるようになりました。
当院では、2020年に直腸がんに対するロボット支援手術を開始し、2024年には大腸がん全般へ適応が広がったことを受け、大腸がんに対するロボット支援手術にも取り組んでいます。さらに2025年5月には、茨城県で初となる食道がんに対するロボット支援手術を開始しました。
これまでに488例の患者さまへロボット支援手術を実施しており、県内でも有数の実績を有しています。

続きまして、当院の胃がん、食道がんの治療成績について示します。

外科で実施した胃がん治療の年別症例数の推移を示しています。当院では、内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)を主に外科で実施しており、開腹手術、腹腔鏡手術、ロボット支援手術を含め、この10年間で1,000例近い患者さまの治療に携わってきました。
これらの治療実績は、当院と連携している地域のクリニックや医療機関の先生方から多くの患者さまをご紹介いただいていることによるものです。
当院は現在、330施設を超える地域の医療機関と連携しており、緊密な協力体制のもと、水戸市をはじめ県内の患者さまに質の高い医療を提供するとともに、地域医療の充実に努めています。

当院では、「胃癌治療ガイドライン」に記載されているすべての術式に対してロボット支援手術を導入しています。最も一般的な幽門側胃切除だけでなく、腹腔鏡手術では高度な技術を要する胃全摘術や噴門側胃切除、さらには機能温存を目的とした幽門保存胃切除にも適応を広げています。こうした幅広い術式への対応は、手術支援ロボット「ダヴィンチ」の特徴を生かした当院の取り組みのひとつです。導入から10年で350例を超えるロボット支援手術を実施し、豊富な経験を積み重ねてきました。

当院におけるロボット支援胃がん手術の重篤な術後合併症率は1.8%で、全国的なデータと比較しても低い結果でした。ロボット支援胃がん手術は、もともと合併症が少ないことが特徴のひとつとされていますが、当院でも良好な治療成績を維持しています。患者さまにとって、より身体への負担が少ない治療の提供につながっていると考えています。
一方で、どのような手術であっても合併症を完全になくすことはできません。当院では、万が一合併症が生じた場合にも、患者さまに寄り添いながら真摯に対応してまいります。

ロボット支援胃がん手術を導入してから10年が経過し、長期成績についても評価できるようになってきました。スライドは、当院の5年生存率を全国データと比較したものです。ステージⅠでは全国とほぼ同等の生存率が示されました。進行がんに対するロボット支援胃がん手術は導入からの期間がまだ十分に長いとはいえず、今後も経過をみていく必要がありますが、ステージⅡ以降では全国データを上回る結果となりました。

以上の結果から、当院におけるロボット支援胃がん手術は、小さな傷と少ない合併症を両立した、真の意味での低侵襲手術を提供できていると考えます。また、根治性の指標となる5年生存率についても、全国データと比較して遜色のない結果が得られており、精緻な手術の実践につながっているものと考えています。今後も患者さま一人ひとりに真摯に向き合い、治療に携わってまいります。

本邦の胃がんの動向と治療の変化についてご説明します。

胃がんの罹患数は年々減少しており、現在では、がん罹患数の順位で3位となっています。また、胃がん全体の5年生存率は63.5%で、治療成績は着実に向上しています。進行度によって差はありますが、全てのステージを通してみると、胃がんは約6割の方が治る病気といわれています。

胃がんの患者さまが減少している要因のひとつに、ピロリ菌の感染率の低下が挙げられます。ピロリ菌は胃の粘膜を萎縮させ、胃がんの発生に関与するといわれています。井戸水の利用が主流であった1950年頃には、日本人の約6割がピロリ菌に感染していたとされています。近年では、胃がんとピロリ菌の関連が広く知られるようになり、除菌治療の普及や上下水道をはじめとする生活環境・衛生環境の改善に伴って、ピロリ菌の感染率は、現在では2%以下といわれています。

ピロリ菌感染率の低下に伴い、胃がんにかかる患者さまは減少しています。一方で、胃がんの発生部位には変化がみられるようになりました。従来は胃の下部(幽門側)に発生する胃がんが多くを占めていましたが、近年では胃の上部(噴門側)に発生する胃がんの割合が増えています。
これまで胃がん手術では幽門側胃切除が主流でしたが、今後は胃全摘術や噴門側胃切除、幽門保存胃切除、さらには食道切除といった、より高度な手術に対応できる体制の重要性がますます高まっていると考えています。

ここで、ご覧いただいている皆様へ「ピロリ陰性時代」へのマインドチェンジについてお伝えします。ピロリ菌感染率の低下に伴い胃がん患者さまは減少し、内視鏡検診の普及によって早期の胃がんで発見される患者さまも増えています。その結果、内視鏡治療(ESD)で治療できる患者さまも増加しています。
一方で、手術が必要となる患者さまは減少していますが、胃の上部に発生する胃がんや食道がんなど、より高度な手術を必要とする患者さまが増えてきています。
つまり、胃がんと診断された患者さまは、どこの病院でも精度の高い治療を受けられるとは限らない時代になったといえます。診断・治療体制がしっかり整った医療機関を選ぶ必要があります。


これから私たち上部消化管外科が取り組んでいく挑戦を示します。

これまで腹腔鏡手術は、開腹手術と比べて傷が小さい一方で、高度な技術を要する手術と位置づけられていました。そのため、腹腔鏡手術は主に早期胃がんに対して行われることが一般的で、進行がんに対しては開腹手術が選択されてきました。
しかし、外科医の弛まぬ努力による技術力の向上と手術器具の進歩により、進行がんに対しても腹腔鏡手術が根治性を保ちながら安全に施行できることが示され、「胃癌治療ガイドライン」にも進行胃がんに対する腹腔鏡下手術が推奨されるようになりました。
当院では、ロボット支援胃がん手術の導入当初は早期胃がんの患者さまを対象としていましたが、現在ではより難易度の高い進行胃がんに対してもロボット支援手術を行っています。今後も、低侵襲性と根治性の両立を目指し、患者さまにより良い治療を提供してまいります。

当院におけるロボット支援胃がん手術の病期(ステージ)別割合の推移を示しています。前述のとおり、2024年度以降は進行がんの患者さまの割合が増加しています。

進行胃がんでは、腫瘍が大きくなっていたり、リンパ節へ転移していたり、周囲の臓器へ広がっていたりする場合があります。そのため、進行胃がんの手術では、がんを確実に切除するために徹底したリンパ節郭清(かくせい)と、必要に応じて周囲の臓器や組織を併せて切除することが求められます。
リンパ節郭清とは、胃の周囲にあるリンパ節を切除することです。リンパ節は胃の周りの血管に沿って存在しているため、大切な血管を残しながらリンパ節を切除するには高度な技術が必要となります。
スライドはスキルス胃がんの患者さまの検査画像です。内視鏡検査では胃のひだが太くなり、伸びが悪くなっています。バリウム検査では胃の中央部の広がりが悪くなっており、進行胃がんの特徴がみられます。

手術中の写真です。上段は膵臓周囲のリンパ節郭清の前後、下段は脾臓および膵臓周囲のリンパ節郭清の前後を示しています。リンパ節を含む脂肪組織が切除され、血管や臓器が確認できる状態となっています。
ダヴィンチによる手術では、3D画像と関節機能を備えた鉗子を使って手術を進めていくことで、このような精緻な操作が可能になります。しかし、ロボットがあれば誰でも同じ手術ができるわけではありません。安全で質の高い手術を行うためには、解剖学的な知識や基本的な手術手技の十分な鍛錬が不可欠です。
病院を選ぶ際には、治療実績だけでなく、担当医の資格や手術経験についても確認しておくことが重要であると考えています。

次に、食道がん手術に関する最新知見についてご紹介します。食道がん手術は、胸部・腹部・頸部の3つの領域からアプローチする必要があるため、外科手術の中でも特に身体への負担が大きい手術のひとつです。従来は開胸・開腹によって食道を切除し、さらに頸部を切開して頸部食道と胃をつなぐ方法が一般的に行われてきました。
その後、胸腔鏡や腹腔鏡を用いた内視鏡手術が食道がんにも導入され、身体への負担を軽減する低侵襲手術として、全国のハイボリュームセンターを中心に取り組まれてきました。しかし、食道がんは胃がんと比べて患者さまの数が少なく、低侵襲手術を十分に経験した外科医が限られているのが現状です。
一方で、近年の臨床試験では、胸腔鏡下食道切除術は従来の開胸手術と比較して同等の治療成績が得られることが示されました。この結果から、食道がんにおいても胃がんと同様に、内視鏡手術は身体への負担を軽減しながら根治性も確保できる治療法として位置づけられるようになっています。
当院では小根山正貴医師とともに、2025年から胸腔鏡下食道切除術を開始し、さらに2025年6月には茨城県で初となるロボット支援食道切除術を導入しました。小根山医師は胸腔鏡下食道がん手術の経験を重ね、「食道外科専門医」を取得しています。これにより、これまで主にがんセンターなどのハイボリュームセンターで行われてきた高度な食道がん手術を、当院でも提供できる体制を整えることができました。

当院でのロボット支援胃がん・食道がん手術の年次別術式割合の推移を示しています。前述のとおり、胃がんの発生部位が胃の下部から上部へと変化していることに伴い、幽門側胃切除の割合は減少し、噴門側胃切除や胃全摘術、食道切除術の割合が増加しています。これからの胃がん治療においては、胃がんだけではなく食道がんにも対応できる体制が重要になると考えています。
現在、当院は胃がんと食道がんの両方に対してロボット支援手術を実施できる県内唯一の病院です。

さらに、胃がんの治療には化学療法(抗がん剤治療)があります。化学療法は主に根治切除が難しい進行胃がんの患者さまが対象となります。化学療法も手術と同様に進歩しており、以前は手術が難しいと考えられていた患者さまが手術を受けられるようになり、より長く元気に生活できるようになっています。
一方で、10年前と比べさまざまな新しい薬剤が承認され、治療はより複雑で多様になっています。そのため、患者さま一人ひとりに適した薬剤を選択し、投与量を適切に判断しながら治療を行うとともに、副作用にも対応できる「がん薬物療法専門医」の役割がますます重要になっています。
当院では、国立がん研究センター東病院で化学療法の研鑽を積み、「がん薬物療法専門医」の資格を取得した牛山心平医師が中心となり、患者さま一人ひとりに適した化学療法を提供しています。

胃がんと診断された患者さまが治療を受ける病院を選ぶ際のポイントについてご説明します。胃がん患者さまの減少や手術の高度化、さらには化学療法の多様化・複雑化を背景に、日本胃癌学会では一定の治療実績と診療体制を備えた病院を認定する「認定施設制度」を設けています。
当院は2024年に日本胃癌学会認定施設Bの認定を受けておりますが、現在はさらに高度な診療体制を有する認定施設Aへの申請を行っています。また、食道手術の実績をもとに、食道外科専門医認定施設への申請も進めています。胃がんや食道がんの治療を受ける際には、このような認定施設であるかどうかも病院選びの重要なポイントになると考えています。
さらに、担当する医師がどのような専門資格を持っているかについても確認しておくことが大切です。ホームページなどを見るとさまざまな資格が掲載されていますが、外科医にとって特に重要な資格として、「日本内視鏡外科学会技術認定医」「ロボット支援手術認定プロクター」「食道外科専門医」などがあります。これらは十分な手術経験と技術を有していることを学会が厳格に審査したうえで認定される資格です。
また、化学療法においては、「がん薬物療法専門医」の存在も重要です。患者さま一人ひとりに適した薬剤の選択や副作用への対応など、安全で質の高い治療を行ううえで大きな役割を担っています。

最後に、当院の胃がん・食道がん治療に対する考え方についてまとめます。
私たちは、内視鏡治療、手術、化学療法まで一貫した治療を提供してまいります。
当院で治療を完結できる体制を整えるだけではなく、がんセンターや大学病院との顔が見える連携を継続し、常に最新かつ最適な治療を提供できるよう研鑽を重ねてまいります。
また、進行胃がんや食道胃接合部がん、食道がんに対するロボット支援手術において、安全で精緻な手術を提供してまいります。
超高齢化社会を迎えるなか、ハイリスクな患者さまに対しても、一人ひとりの状態に応じた最適な治療を検討し対応してまいります。
さらに、多様化する化学療法においては、適切な薬剤選択や副作用への対応、外科治療へ移行する最適なタイミングの判断や術式選択ができるよう診療科内で緊密に連携してまいります。
そして最後に、共に働く後進たちに、治療に向き合う姿勢、患者さまに接する姿勢、そして手術技術を伝承し、今後も継続して質の高い医療を提供できるよう努めてまいります。
長い説明となりましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。
胃がん・食道がんと診断された患者さまやご家族の皆さまの参考になれば幸いです。
文責:清水芳政


